アメリカ合衆国は、世界で最もハチドリ研究が進んでいる国です。
約17種のハチドリがアメリカ国内で繁殖し、約25種が記録されています。
これは世界約366種のハチドリの中では限定的な数ですが、北米地域としては最大の多様性を示しています。
全米繁殖鳥類調査(BBS)によると、ノドアカハチドリの個体数は約3400万羽と推定されています(2023年時点)。
ですが、ハチドリ達も多くの生き物と同じ運命を辿りつつあり…
1970年代以降、多くの種で減少傾向が報告されています。
その背景には、気候変動や生息地の喪失など、複数の環境要因が関係しています。
広大な国土と多様な環境
アメリカ合衆国の国土は約982万平方キロメートルに及び、日本の約25倍の広さがあります。
熱帯から寒帯まで多様な気候帯が存在し、砂漠や温帯雨林など多様な生態系が形成されています。
こうした環境の変化が、ハチドリたちにさまざまな適応の機会を与え、多様な種の分布を支えています。
ロッキー山脈:多様な種を生む地形
西部を縦断するロッキー山脈は、標高400〜3000メートルに及ぶ高低差をもち、ハチドリの重要な生息地となっています。
フトオハチドリやノドグロハチドリなど高地に適応した種は、この山岳帯で棲み分けています。
このロッキー山脈を境に、ノドアカハチドリが山脈より東部に分布し、ノドグロハチドリは、その西部に分布しています。
西経100度線:東西で異なる生態系
アメリカ中央部を通る西経100度線は、気候と生態系を分ける境界として知られています。
・東部(西経100度線以東):温暖湿潤気候が広がり、降水量は年間1000〜1500ミリメートルと豊富です。この地域では、ノドアカハチドリが唯一の定期的繁殖種です。
・西部(西経100度線以西):乾燥した気候のもと、砂漠や山岳地帯が広がります。およそ10種のハチドリが繁殖し、サボテンやアガベの花が主な食料源となっています。
北から南への気候勾配と分布の違い
アメリカでは、北から南への気候の変化がハチドリの分布を大きく左右しています。
・五大湖周辺(北部):冬はブリザードが吹き荒れる厳しい寒さのため、ハチドリは繁殖せず、夏の間だけルビーノドハチドリが一時的に訪れます。
・メキシコ湾岸(南部):温暖湿潤気候が広がり、ノドアカハチドリの主要な繁殖地となっています。フロリダ半島では、一部が越冬地にもなっています。
・南西部(乾燥地帯):アリゾナ州やニューメキシコ州などは特に多様性が高く、10種以上のハチドリが繁殖します。
中央平原:東西の降水量勾配がもたらす棲み分け
中央平原では、降水量が東から西へ向かって減少します。
・東側(湿潤な森林地帯):降水量が多く、落葉樹林が広がります。ノドアカハチドリが主に分布し、林の花が主要な食料源です。
・西側(乾燥した草原地帯):降水量が少なく、ノドグロハチドリやコスタハチドリなど乾燥に強い種が分布します。
太平洋岸:海流がもたらす温暖な環境
太平洋岸は、偏西風と海流の影響を受けて年間を通じて温暖です。
・カリフォルニア(地中海性気候):夏は乾燥し冬に雨が降る気候で、アンナハチドリが一年中定住します。ユーカリなど外来植物も食料源に取り入れています。
・太平洋岸北西部:温暖で降水量が多く、アンナハチドリが近年分布を北へ拡大している地域です。片道4,000kmの渡りを行うアカフトオハチドリの繁殖地の南限もここにあります。
代表的な3種のハチドリ
ノドアカハチドリ(Ruby-throated Hummingbird)
米国東部で唯一繁殖するハチドリで、北米でもっとも個体数が多い種です。
オスは深紅色の喉を持ち、繁殖期が終わると中米へと渡ります。
BBSデータによれば、いくつかの地域で緩やかな減少傾向が確認されています。
アンナハチドリ(Anna’s Hummingbird)
エメラルドグリーンの体と、バラ色に輝く頭が特徴です。
冬でも活動し、都市の給餌器や庭の花を利用します。
外来種のユーカリも食料源にし、人間の生活圏に適応した珍しい種です。
アカフトオハチドリ(Rufous Hummingbird)
アラスカからメキシコまで渡る、驚異の長距離移動者です。
体長9センチほどの小さな鳥が、片道4,000kmもの旅を行います。
しかし、1970年以降は個体数が減少傾向にあり、特にカナダ西部では顕著な減少が報告されています(Rosenberg et al., 2021)。
個体数減少の背景と影響
主な原因
・森林伐採や農地化による生息地の減少
・農薬使用による昆虫の減少
・シカの過剰な増加による下層植生の消失
・気候変動による「花と渡りのタイミングのずれ」
これらの要因が重なり、繁殖成功率の低下を招いています。
生態系への影響
ハチドリは、北米の受粉生態系を支える重要な存在です。
トランペット・クリーパーやカーディナル・フラワーなど、多くの植物はハチドリによる受粉に依存しています。
その減少は、植物の繁殖や群落の再生にも影響を及ぼします。
保全の最前線:科学と市民の協力
長期的な観察ネットワーク
米国では、全米繁殖鳥類調査(BBS)やChristmas Bird Countなど、長期的なモニタリングが続けられています。
これにより、種ごとの分布や個体数の変化を継続的に把握できます。
市民科学の貢献
eBirdをはじめとする市民科学プロジェクトが、ハチドリの分布や渡りパターンの解析に大きく貢献しています。
一般の観察データが、学術研究にも活用されています。
個人ができる保全活動
・在来植物を植えて花蜜源を確保する
・清潔な給餌器で糖水を提供する(比率4:1が目安)
・農薬を使わず、自然な庭づくりを心がける
これらの取り組みが、身近なハチドリの命を支える第一歩になります。
まとめ:ハチドリが教えてくれる「共存のかたち」
米国では約17種のハチドリが繁殖し、砂漠から温帯雨林までの多様な環境に根づいています。
その背景には、長年にわたる科学調査と市民の協力があります。
一方で、気候変動や環境破壊により、多くの種が静かに減少しています。
ハチドリを守ることは、北米の自然全体を守ること。
その努力は、人と自然が共に生きる未来のモデルでもあるのです。
参考文献
- Rosenberg, K. V. et al. (2021). “Current contrasting population trends among North American hummingbirds.” Scientific Reports, 11, 18369.
- U.S. Fish & Wildlife Service. Hummingbirds of North America.
- National Audubon Society. Guide to North American Birds: Hummingbirds.
- BBS (Breeding Bird Survey) Annual Report, 2023.
WRITERこの記事の著者
hachidori-zukan
【野鳥観察が人生の目的】憧れのハチドリに会いたくて、図鑑サイトを作りました!ハチドリに会える度に、充実していくであろう当サイト。「ハチドリを知るなら当サイト!」って言っていただけるようなサイトを作っていきますので、見守っていただけると、幸いです!

