南米大陸の北西の端。
太平洋とカリブ海の潮風が交わる場所に、コロンビアという国があります。
国土は日本の約三倍。けれど、この国の真の広がりは地図の上では測れません。
わずかな距離のなかで、熱帯雨林から氷河地帯までの全ての気候帯が詰まっているのです。
そして、この変化の劇場の中で、165種を超えるハチドリたちが暮らしています。
それは世界で最も多様なハチドリの国。
なぜこの小さな鳥たちは、ここでこれほどの姿に分かれたのでしょうか。
その秘密は、コロンビアの地形そのものにあります。
三つに分かれたアンデス──分断が生んだ生命の多様性
コロンビアは、世界で唯一、アンデス山脈が三本に枝分かれして走る国です。
西山脈・中央山脈・東山脈――それぞれが独自の世界をつくり、ハチドリたちを隔ててきました。
太平洋沿いの西山脈は、世界有数の多雨地帯。
一年のほとんどを雨が支配し、森は永遠に濡れた緑の匂いを放ちます。
その反対側の中央山脈は、標高5000メートルを超える峰々が並び、
氷河の冷気が雲を生み、山肌には霧が絶えません。
東山脈の向こうには、アマゾンとオリノコの平原が広がり、
熱帯の息吹が山々の裾を濃く染めています。
三つの山脈の間には、マグダレナ渓谷とカウカ渓谷という二つの谷。
そこでは、山から流れ落ちた川が長い時間をかけて谷を削り、
それぞれ独立した“気候の島”をつくり上げてきました。
この複雑な地形こそが、ハチドリ多様化の鍵。
隔てられた谷の向こうで、彼らは少しずつ姿を変えていったのです。
標高差が描く、五つのハチドリの世界
コロンビアでは、海抜ゼロから5000メートルまで、数時間の移動で経験できます。
そして、標高が変わるたびに、ハチドリの姿も変わっていきます。
低地の熱帯雨林では、湿度と熱に包まれた森を小さなハチドリが縦横に飛び交う。
「光の粒のよう」と形容されるほど速く、花から花へと舞い続けます。
標高1000〜2000メートル、いわゆる“常春の帯”では、
花の種類が最も多く、多種多様なハチドリが共存します。
ここは、彼らにとって理想郷のような場所です。
さらに上がると、霧が森を包み込む雲霧林。
苔むした枝、しずくを抱いた蘭、そしてブロメリアの花。
この幻想的な森には、40種を超えるハチドリが暮らし、その多くが固有種です。
森林限界を超えると、フライレホンが立ち並ぶパラモの世界。
昼と夜で30度以上も気温が変わるこの極限環境にも、
高地に適応したハチドリが花の蜜を求めて飛びます。
海から吹く二つの風──太平洋とカリブの影響
太平洋側のチョコ地方は、世界でも指折りの多雨地帯。
一年のほとんどを雨が降り続け、森はまるで息をしているかのように湿り、輝きます。
ここに暮らすハチドリは、湿度と光の変化に巧みに対応した種が多く、
金属光沢の羽根を持つものも少なくありません。
一方、カリブ海沿岸は一転して乾燥地帯。
サボテンやマングローブが広がる地では、
乾いた風の中で花を探すタフなハチドリたちが生きています。
この両極の環境が、同じ国の中に共存していること。
それが、コロンビアの自然の奥深さを物語っています。
シエラネバダ・デ・サンタマルタ──海からそびえる孤高の山
カリブ海岸のすぐ内陸にそびえるシエラネバダ・デ・サンタマルタ山塊。
海からわずか42キロで標高5700メートルに達する、世界でも特異な地形です。
アンデス本体から完全に独立したこの山は、いわば“空に浮かぶ島”。
この孤立が生み出したのが、ここにしかいないハチドリたち。
数百万年ものあいだ、他の地域と交わらず、
独自の進化を歩んできた彼らの姿は、まるで時間の化石のようです。
農園と森のあいだ──共存の風景
中央山脈の斜面では、コーヒー農園が山肌を覆っています。
日陰樹の下で育てる伝統的な“シェードグロウン”方式の農園には、
木々の花や果実を求めてハチドリたちが集います。
一本のコーヒーの木の上にも、小さな生態系があります。
森と人のあいだで、ハチドリがその橋渡し役をしているのです。
隔離が生んだ固有の命
コロンビアには、約20種の固有ハチドリが確認されています。
それぞれが山脈や谷という“見えない壁”に囲まれ、独自の進化を遂げてきました。
隣の谷へ渡るには、暑く乾燥した土地を越えねばならず、
小さな翼を持つ彼らにはそれが致命的な障壁となる。
隔離された時間が、やがて別の姿を生み出す。
この国では、進化がいまも静かに続いているのです。
生命を敬う人々のまなざし
コロンビアには87の先住民族が暮らしています。
彼らの多くは、森を「生きた存在」として敬い、
ハチドリを“世界をつなぐ使者”として語ります。
その思想は、近年の自然保護にも受け継がれています。
森を守ることは、文化を守ること。
ハチドリの羽ばたきの中には、コロンビアという国の記憶が息づいているのです。
WRITERこの記事の著者
hachidori-zukan
【野鳥観察が人生の目的】憧れのハチドリに会いたくて、図鑑サイトを作りました!ハチドリに会える度に、充実していくであろう当サイト。「ハチドリを知るなら当サイト!」って言っていただけるようなサイトを作っていきますので、見守っていただけると、幸いです!

