エクアドルという国の名前は、スペイン語で「赤道」を意味します。
その名の通り、この国は地球の真ん中、赤道の上に位置しています。
日本の本州よりも少し小さいこの国に、なんと世界のハチドリ約360種のうち130種以上が暮らしています。
なぜエクアドルは、これほど多くのハチドリたちの住処となったのでしょうか。
その答えは、この国が持つ驚くほど多様な自然環境にあります。
標高差が生み出す「垂直の自然」
エクアドルのいちばんの特徴は、短い距離の中に大きな標高差があることです。
海岸線から、6,000メートルを超えるアンデス山脈の頂まで、車で数時間で行けてしまいます。
標高が100メートル上がるごとに、気温はおよそ0.6度下がると言われています。
つまり、同じ日でも、熱帯雨林のような暑さと、氷河のある寒さの両方を体験できるのです。
この「垂直の自然」が、ハチドリたちに多様な生活の舞台を与えています。
4つの異なる世界
エクアドルは大きく4つの地域に分けられます。
1. コスタ(海岸地域)
太平洋に面した海岸地域は、熱帯の湿った森から、南部の乾いた地帯まで変化に富んでいます。
マングローブ林や乾燥林には、海辺の環境に適応したハチドリたちが暮らしています。
2. シエラ(アンデス山脈地域)
エクアドルの背骨とも言えるアンデス山脈。
2つの山脈が南北に走り、その間に高原の谷が続きます。
標高2,000〜4,000メートルの「雲霧林(うんむりん)=霧に包まれた山の森」では、色とりどりのハチドリがフクシアやランの花をめぐって飛び交います。
さらに標高が上がると、パラモと呼ばれる高山草原が広がります。
昼と夜の気温差が激しく、紫外線も強い過酷な環境。
それでも、ここにも特別な花に合わせて進化したハチドリたちが生きています。
3. オリエンテ(アマゾン地域)
アンデスの東側は、アマゾン川の森へとつながります。
年間の雨量が3,000ミリを超える場所もあり、地球で最も生き物が多い地域のひとつです。
ここには小さくてすばしっこいハチドリたちが、無数の花々の間を飛び回っています。
4. ガラパゴス諸島
本土から約1,000キロ離れた太平洋の島々。
実は、ガラパゴスには固有のハチドリはいません。
これは、ハチドリの飛行力ではこの距離を渡るのが難しかったためと考えられています。
なぜハチドリはこれほど多様化したのか
ハチドリがエクアドルで多様化した理由は、主に3つです。
1. 花の多様性
25,000種を超える植物が生えるエクアドル。
花の形、色、蜜の量、開花の季節がそれぞれ違います。
ハチドリは特定の花に特化することで、互いに競わずに進化してきました。
2. 隔離された環境
深い谷や高い山によって、ハチドリの集団が分かれます。
長い時間の中で、それぞれが環境に合わせて姿を変え、別々の種へと進化していったのです。
3. 赤道直下の安定した気候
赤道付近では一年中気温が安定し、花も絶えることがありません。
そのため、ハチドリたちは一年を通して蜜を得ることができ、多くの種が共存しています。
ハチドリと花の共進化
雲霧林を歩くと、形も色も不思議な花がたくさんあります。
長い筒状の花、下向きの花、真っ赤な花。
これらの多くはハチドリによって受粉される「鳥媒花(ちょうばいか)」です。
ハチドリと花は、何百万年もかけてお互いに影響し合いながら進化してきました。
長いくちばしを持つハチドリは、深い花から蜜を吸うことができます。
その花は、そのハチドリだけが蜜を吸える形に進化している。
花と鳥の、見事な協力関係。
それが共進化と呼ばれる現象です。
気候変動という新たな課題
地球温暖化により、山の気温が上がっています。
ハチドリたちは涼しい環境を求めて山の上へと移動していますが、山には限界があります。
山頂近くに住む種ほど、逃げ場がなくなっているのです。
また、森林伐採によって生息地は減少。
特に雲霧林は、一度壊されると回復が難しい繊細な森です。
ハチドリの未来を守るには、気候変動対策と森林保護の両方が欠かせません。
守るべき「進化の実験室」
エクアドルは、まさに進化の実験室。
小さな国の中に、地球の自然が凝縮されています。
ハチドリたちはその象徴。
色、くちばし、飛び方―――すべてが環境に合わせた進化の証です。
この小さな宝石のような鳥を守ることは、
エクアドルの自然、そして地球全体の多様性を守ることにつながります。
赤道直下のこの国が教えてくれるのは、
「違いこそが美しさであり、命の力である」ということ。
参考文献
- BirdLife International (2023). Species factsheet: Trochilidae.
- Missouri Botanical Garden (2022). Ecuador Flora Checklist.
- Colwell et al. (2008). Global Warming, Elevational Range Shifts, and the Future of Tropical Diversity. Science, 322(5899).
WRITERこの記事の著者
hachidori-zukan
【野鳥観察が人生の目的】憧れのハチドリに会いたくて、図鑑サイトを作りました!ハチドリに会える度に、充実していくであろう当サイト。「ハチドリを知るなら当サイト!」って言っていただけるようなサイトを作っていきますので、見守っていただけると、幸いです!

