はじめに:ハチドリの楽園、メキシコ
メキシコは、世界で最もハチドリの種類が多い国のひとつで、約58種のハチドリが確認されています。
北アメリカに生息する全てのハチドリを観察できるだけでなく、メキシコ固有の12種も存在しています。
なぜ、これほど小さな鳥たちがメキシコで多様化したのでしょうか。
その理由は、メキシコならではの地形や気候、進化の歴史にあります。
メキシコの地形が生んだ多様性
立体的な環境と標高差
メキシコにはシエラ・マドレ・オクシデンタル山脈など長大な山脈があり、海岸線から高山まで標高差が大きく、気温や降水量、植生が短距離で劇的に変化します。
この「立体的な環境」は、同じ地域内で異なる生態的ニッチを作り、複数のハチドリが共存できる条件を生んでいます。
低地の熱帯林から中腹の雲霧林、高地の松樫林まで、わずかな距離で環境が変わるため、ハチドリたちはそれぞれの環境に適応して暮らしています。
北米と中南米の交差点
メキシコは北米の温帯と中南米の熱帯が接する地域にあり、渡り鳥と熱帯固有種が出会う「交差地帯」となっています。
これにより、季節ごとに異なる種類や個体数のハチドリ群集が形成されます。
こうした環境は遺伝的多様性や適応進化を促す理想的な舞台です。
孤立環境による固有種の進化
山脈や谷、局所的な気候条件が複雑に入り組むため、ハチドリの集団は小さな地域で孤立しやすくなります。
この孤立が長い時間をかけて固有種の進化を促進し、メキシコ特有のハチドリ種が誕生しました。
季節ごとに変わるハチドリの群集
花の季節性と移動
メキシコ北西部の山岳地帯では、花の咲く時期が季節によって大きく変わります。
花の資源の季節変化が、ハチドリの局所移動や標高移動、緯度移動に影響し、群集構造も時間的に変化します。
雨季後には、温帯林の花が一斉に開花し、種類と個体数が増加します。
北方からの渡り鳥
秋から冬には、アメリカやカナダで繁殖していたハチドリがメキシコへ越冬にやってきます。
例えば、アカフトオハチドリ(Selasphorus rufus)はロッキー山脈で繁殖し、11月から2月にかけてメキシコのエル・パルミートで越冬します。
渡り鳥の到着は、群集に動的な変化をもたらします。
環境ごとのハチドリ適応
低地の熱帯林:形態の多様性
低地の熱帯林に生息するハチドリは、くちばしの長さや体の大きさ、曲がり具合が多様で、異なる花に適応しています。
研究では、低地の熱帯サイトは高標高サイトよりも高い機能的多様性を示しました。
高地の松樫林:渡り鳥の越冬地
高地の松樫林は、北方から渡ってくるハチドリにとって重要な越冬地です。
アカフトオハチドリは、在来種と同程度の個体数に達し、花の資源をめぐって競争します。
渡り鳥の到来は、一時的に種の豊富さと個体数を増加させます。
ハチドリと花の共進化
ハチドリのくちばしの形や体重は、訪れる花と密接に関係しています。
長いくちばしを持つ種は深い筒状の花に、短いくちばしを持つ種は浅い花に適応。
こうした形態的違いが、同じ地域で複数種の共存を可能にしています。
メキシコの固有種ハチドリ
メキシコには12種の固有種が生息しています。クロビタイオジロハチドリ(Eupherusa cyanophrys)は、オアハカ州のシエラ・マドレ・デル・スル山脈にのみ生息する固有種です。
複雑な地形と長い進化の歴史が、固有種を生む重要な要因です。
都市環境とハチドリ
メキシコシティには現在18種のハチドリが確認され、1950年以前の13種から増加しています。
都市の庭園や人工的な給餌器が資源を提供することで、新たな生息地として機能しています。
ハチドリが直面する脅威
- 気候変動:将来の気候変化は、分布域や開花フェノロジーに影響し、ハチドリと植物の関係を変える可能性があります。
- 森林伐採:特に固有種は生息地が限られているため、破壊が絶滅に直結するリスクがあります。
保全への取り組み
メキシコでは、ハチドリと彼らが依存する植物を守る自然保護区が設置されています。
また、バードウォッチングやエコツーリズムを通じて地域住民の参加も進められています。
絶滅危惧種のメキシカン・シアテイル(Doricha eliza)の保全活動も、こうした取り組みの一環です。
まとめ:複雑な環境が生んだ多様性
メキシコがハチドリの楽園になった理由は、
- 立体的な地形と標高差
- 北米と中南米の交差点
- 孤立環境による固有種の進化
- 季節的な花の資源
- 渡り鳥の存在
- 花との長い共進化
これらが組み合わさることで、世界屈指のハチドリ多様性が生まれました。そして、この多様性を未来へつなぐことが私たちの使命となっています。
参考文献
- López-Segoviano, G., et al. (2025). “Flowering seasonality drives taxonomic, functional, and phylogenetic diversity of hummingbirds along an altitudinal gradient in northwestern Mexico.” PLOS ONE.
- Arizmendi, M. C., et al. (2016). “Hummingbird Conservation in Mexico: The Natural Protected Areas System.” Natural Areas Journal, 36(4), 366-376.
- Remolina-Figueroa, D., et al. (2022). “Most Mexican hummingbirds lose under climate and land-use change: Long-term conservation implications.” Perspectives in Ecology and Conservation.
- Urban gardens increase taxonomic, functional, and phylogenetic hummingbird diversity in Mexico City. (2025). Journal of Urban Ecology.
- Birdwatchers rally behind endemic hummingbird, spurring conservation movement in Mexico. (2025). Mongabay News.
WRITERこの記事の著者
hachidori-zukan
【野鳥観察が人生の目的】憧れのハチドリに会いたくて、図鑑サイトを作りました!ハチドリに会える度に、充実していくであろう当サイト。「ハチドリを知るなら当サイト!」って言っていただけるようなサイトを作っていきますので、見守っていただけると、幸いです!

