鳥類の中で唯一、真の後退飛行(バック飛行)ができるハチドリ。
花に接近して蜜を吸った後、後退して次の花へ向かう動きは、まるでヘリコプターのようです。
この驚異的な能力は、独特の「羽の8の字運動」と、翼の180度回転メカニズムを最大限に活用した流体力学によって実現されています。
ここでは、ハチドリの後退飛行の秘密を流体力学と運動学の観点から解説します。
ホバリングの基礎:翼が描く「横向きの8」
ハチドリの飛行の基本は、翼の先端が横向きの「8の字」を描くホバリング時の羽ばたきにあります。
- 8の字運動と揚力の生成:翼は体のほぼ水平面を往復し、上下運動とは根本的に異なる動きをします。
- 前方ストローク(ダウン):翼が体の前方に動く際、前縁が上を向き、揚力が斜め上前方に発生します。
- 後方ストローク(アップ):翼が180度近く回転して体の後方に動きます。この時も翼は適切な迎え角を維持し、揚力が斜め上前方に発生します。
前方・後方ストローク両方で揚力の垂直成分を生成することで、ハチドリは空中で静止(ホバリング)できます。
後退飛行のメカニズム:8の字の傾き調整
ハチドリが後退飛行を行う際は、ホバリング時の8の字運動の軌跡の傾きをわずかに変えます。
- 推進力のベクトル調整:ホバリング時は翼の前後方向の力が相殺されますが、後退飛行ではこのバランスを崩します。
- 翼の回転面の変化:肩関節の筋肉を使い、翼の回転面を後方に傾けます。
- 水平成分の生成:これにより翼の揚力の水平成分が後方に偏り、「後ろ向きの水平推進力」となります。
ハチドリはわずか5〜10度程度の軌跡の傾き調整だけで、飛行方向を自在に制御できます。
超高速回転:0.0015秒で180度反転
8の字運動で最も工学的に驚異的なのは、ストローク切替時の翼の超高速回転です。
- 角速度の驚異:翼はわずか0.0015秒で180度近く回転します。
- 筋肉によるトルク発生:小さな体に見合わない大きな回転力を、肩関節周囲の回旋筋腱板が発生させます。
- 迎え角の維持:この回転により、前方・後方ストローク両方で効率的に揚力を生成できます。
この超高速回転能力こそ、ハチドリがホバリングと後退飛行を両立できる解剖学的秘密です。
流体力学の秘密:前縁渦(LEV)の活用
ハチドリの翼は、航空機とは異なる非定常空気力学を駆使しています。
- 失速を防ぐLEV:一般的な航空機は迎え角が15度を超えると失速しますが、ハチドリは25〜35度でも高い揚力を維持します。
- 前縁渦の形成:翼の前縁に安定した渦を形成し、上面に低圧領域を作って追加の揚力を生成。
- 揚力係数の向上:この仕組みにより、翼の有効揚力係数は通常の航空機の約2倍に達すると推定されます。
翼の高速かつ柔軟な動きが前縁渦を安定させ、ハチドリに圧倒的な揚力と機動性を与えています。
前縁渦(ぜんえんうず):羽の前で生まれる「強力なうずまき」の事。 このうずまきが羽を上に強く引き上げます。 その結果、少ない力で空中に浮く揚力(浮き上がる力)を生み出します
後退飛行の生態学的意義
後退飛行は単なる器用な技ではなく、ハチドリの生存と繁殖に直結する重要な能力です。
- 採食効率の最大化:蜜を吸った花から後退することで、旋回時間とエネルギーを節約。
- 時間節約:次の花への移動時間を短縮し、より多くの花を訪れることが可能。
- 複雑な花への適応:狭い入口や深い花筒など、後退飛行を前提とした花の形状に適応。
- 生存競争の優位性:縄張り争いや捕食者からの逃避時、予測不可能な後退動作で機動的優位を確立。
ハチドリの後退飛行は、翼の180度回転、8の字運動、流体力学の活用という、解剖学と物理学の完璧な統合による生存戦略の核心なのです。
WRITERこの記事の著者
hachidori-zukan
【野鳥観察が人生の目的】憧れのハチドリに会いたくて、図鑑サイトを作りました!ハチドリに会える度に、充実していくであろう当サイト。「ハチドリを知るなら当サイト!」って言っていただけるようなサイトを作っていきますので、見守っていただけると、幸いです!

